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小説 武則天~続き~  「真珠の首飾り」(唐の時代が舞台のミステリ小説)

武則天 原百代著 毎日新聞社


上・中・下と3巻の大長編でしたが、下巻まで読了した。
武則天を書いた本のタイトルは皆、則天武后となっている。正式に中国の皇帝になっているのにもかかわらず、皇后の名前である則天武后の名称で呼ばれてきたのはおかしいと著者は主張している。その通りで、本書でも触れている通り、日本でも孝謙天皇の頃は、武則天の治世から大きな影響を受けた、いわば理想像だったという事実は当時の歴史を見れば明らかだ。
王朝は自分の子供に継承させるのが常道だが、武則天は最後に難問に突き当たってしまう。自分の直系の子孫(即ち高宗の子孫)が即位すれば元の唐王朝に戻り、武氏の王朝(大周帝国)が途絶えてしまう。では武氏の子孫を皇帝にするか。それでは自分の直系を無視して、甥などの傍系に継がせることになり名分が立たない。これが則天皇帝の抱える矛盾だった。


中宗を毒殺した韋皇后は娘を皇帝にしようと企てたが、高宗の孫の隆基は機先を制してクーデターを決行し成功する。太平公主は隆基の後ろ盾になっていた。
この後、テレビドラマ「二人の公主」とは大きく異なるのは、テレビドラマでは、隆基の邪魔にならぬように太平公主は自ら身を引て尼寺に入った。小説では、太平公主は則天皇帝を継いで大周朝の女帝になろうと思っていたが、則天皇帝が皇太女としなかったので、皇帝を傀儡にして自分が政治の実権を握ることを考えた。しかし、邪魔な隆基(玄宗皇帝)が即位したので、遂に太平公主は7月4日にクーデター決行と決めた。しかし、それを知った玄宗は7月3日未明に逆クーデターを決行した。太平公主は捕らえられ、自邸で死を賜った(縊死)。もろちん、小説の方が史実に近い。
当時の時代背景が丹念に書き込まれていて、理解を深めさせる作品です。

「日本」の国号
かって、日本の国号は倭であったが、武則天が「日本」と名づけたと中国の歴史書にあるそうだ。実際には日本から「日本」の国号を承認するよう申し出て、中国皇帝が国号を授けたとの形式を取ったのだろうか。


「真珠の首飾り」 ロバート・ファン・ヒューリック著 ハヤカワ・ポケット・ミステリ


上記の小説やテレビドラマに出てくる武則天の名宰相、狄仁傑(てきじんけつ)が判事として事件を解決するミステリ。これは、彼が武則天に見出される前の話ということになるのだろうか。彼は中国民衆に人気があったので、後世には彼が主人公の考案小説(裁判小説)が成立し人気となった。これを日本で翻案されたのが大岡政談である。
作者のロバート・ファン・ヒューリックがこれらの考案小説を下敷きに書いたのが一連の狄判事シリーズである。彼は中国文学で博士号を取得したので、外国人にありがちなヘンテコな記述はない。内容は、彼が県知事の身分を隠して旅行していたが、公主(プリンセス)の首飾り紛失事件に巻き込まれる。事件は単なる盗難事件ではなく陰謀が関わっていた。手を尽くして探しても盗まれた首飾りが見つからないが、最後に狄は意外な隠し場所に気づく。ネタバラシはできないのだが、犯人がそのための工作をする時間と手段があったのか疑問なのだが。



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by show_isa | 2013-08-15 23:05 | culture | Comments(0)
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