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中国時代劇 「後宮の諍い女」の実像は?

中国時代劇 「後宮の諍い女」(後宮甄嬛傳)はそれなりに面白いが、清の第3代皇帝雍正帝は陰険、残忍、スパイ政治を行った皇帝であり、ドラマでの皇帝の印象と食い違って、しっくりこない。何と言っても、彼ほど暗い噂の多い皇帝も珍しいようだ。
官僚たちは余録というには大きすぎる金額を私腹に入れていたが、雍正帝は彼らが中間搾取できないように制度を定め、徒党を組まないようにスパイが監視する独裁君主制を敷いたので、官僚達には恨まれていたことも原因しているのかもしれない。一方では合理性を重んじた彼は、差別民を開放したりもしている。これは仏教の教えによるとも言われているが。
雍正帝は寵妃の兄の年羹堯を大逆罪で処分したのも史実で、年羹堯の評判もよくなかったらしい。ドラマの様にずっと我慢しつづけたというのは雍正帝を美化しすぎと思えるのだが。


宮女採用だが、上流家庭の子女に限られ、通常25才で退職となる。宮女が美しく装うのは主人(小主)に対する反逆とされるので質素なもので、ドラマに出てくるような華やかな服を着ることはありえない。ドラマに出てきた3年に一度の「秀女」選考にパスすると皇帝や親王の妻妾となる。最終選考に残らなくても宮女として採用されることもある。これもドラマでは娘たちが華やかな服を着て選考を受けていたが、写真を見ると名札らしきものを付けた地味な服装で幼い感じがする。選考は13才からなので中学1年だから幼い感じがするのも当たり前だ。


ドラマの舞台、北京の紫禁城(故宮博物院)の広さは72万平方メートルだが、大きすぎて実感がない。江戸城と比較すると、本丸+二の丸+三の丸+西の丸の合計で54万平方メートル、内殻(江戸城郭)は100万平方メートル程度(推計により、かなりのばらつきあり。データソース:国会図書館レファレンスデータベース)。なお、江戸城総構え(そうがまえ)の面積で当時、世界最大の城だとか、紫禁城より大きいと主張するサイトがあるがナンセンスである。
注)総構え(そうがまえ)は、城のほか城下町一帯も含めて外周を堀や石垣、土塁で囲い込んだ、日本の城郭構造...江戸時代の江戸城外郭は最大で、堀・石垣・塀が渦状に配されて江戸市街の全てを囲んでいた(Wikipedia)。
城郭としての江戸城は本丸、二の丸、三の丸および西の丸部分のみを言い、道灌堀の西側にある庭園部分は厳密には江戸城には含まれないので、御所は城郭としての江戸城跡に建っているわけではない(Wikipedia)。


昔々、東京の人口がニューヨークを越えたと都民が自慢したことがあったが、ニューヨーク市民に東京都とニューヨーク市の人口で比較するのはナンセンスと言われた。比較するなら、東京都とニューヨーク州、あるいは東京23区とニューヨーク市だよね。違うカテゴリーで比較して勝ったと主張するのはズルではないか。
江戸市街(江戸城総構え)と比較なら城壁都市の北京城だよね。その中の皇城の更に中にあるのが紫禁城であり、江戸城本体と紫禁城とどちらが広いかははっきりしない。
余談だが、城壁で囲まれた中国やヨーロッパの都市は近代になって城壁を撤去したが、ウィーンは城壁の跡地をリング(環状道路)にし市電が走っている。北京も城壁跡は道路だそうだ。



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by show_isa | 2013-08-16 15:01 | culture | Comments(0)
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