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中国南北朝時代のテレビドラマ 後宮の涙 vs 蘭陵王 

「王の後宮」は可憐な感じの春華が良かったのに終了してしまって残念だ。ところで、「蘭陵王」の主人公は「王の後宮」の楊永楽師とそっくりと思ったら、同じ俳優・ウィリアム・フォンの様だ。
さて、中国では漢と隋唐の間に数多くの国が興亡を繰り返したので同じ名前の国が複数あって紛らわしいが、魏晋南北朝時代、五胡十六国と呼ばれる時代があった。後宮の涙も蘭陵王もドラマも、南北朝時代後期、北朝の北斉(東魏の後身)が舞台。当時は他に北朝の北周(西魏)と南朝の陳が互いに争い、北周が北を統一し北周の有力な家臣・楊堅が帝位を奪い中国を統一した(隋の文帝) 後宮の涙(BSフジ)の主人公、女侍中陸令萱も恋人の長広王高湛も実在の人物だが、ドラマの内容はかなり虚構があるようで、歴史上の評価は二人とも悪いようだ。

北斉は高歓(せんぴ族と言われる)の次男(長男は先に死亡)・高洋が斉王になり、次いで皇帝(北斉初代皇帝・文宣帝)になったが暴虐で知られる。その子・高殷が帝位につくが高演と高湛に倒され、高歓の三男・常山王高演が皇帝・孝昭帝になった。皇帝としての評価は高かったが治世が短く事故死した。高演(孝昭帝)は太子を立てることを承知しなかったが大臣達は太子を立てることを求めたので皇太后が次男の高百年を太子に立てたが、孝昭帝は死に臨んで弟(高歓の四男)の高湛を後継者に指名した。高湛(武成帝)の即位後、書の師匠が高百年に「勅」の字を書かせ密かに武成帝に見せた。「勅」は皇帝だけが書いてよい字なので、皇帝は彼を斬首し死体を池に投げ込んだ(邪魔なので陰謀に嵌められたのか)。高湛は暴虐で政治は混乱し、領土の一部は南朝(陳)に奪われる。その子・後主緯を皇帝にしたが暗愚で、北周に敗れ,8才の子を帝位につけて陳(南朝)に逃亡しようとして北周の軍に捕らえられ北斉は滅亡した。北斉は550年~577年の28年間の存在であった(日本は古墳時代)。

高歓の長男・高澄は東魏の孝静帝から禅譲を受けて皇帝になる準備中に急死したが、その子が蘭陵王・高長恭で後主緯に殺された。彼は高一族には珍しく謙虚で有能な人物で評価は高い。弟に安徳王高延宗がいる。


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by show_isa | 2014-02-13 23:00 | culture | Comments(0)
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