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史実とドラマの違い: 王宮の涙 と 蘭陵王

王宮の涙を見ていると、当時の日本は古墳時代で倭王として朝貢していたが、中国との文化の差、国力の差は圧倒的な違いだったと思う。ドラマはフィクションなのだから、内容が史実や時代考証と多少違っていても怪しむに足らない。が、あまりに違和感があると気になるものだ。

さて、高演は丞相であったが、兄の子を廃位し帝位につく時、ロウ太后は当初反対だったが殺さないことを条件に止むなく認めた。しかし、高演は廃位させた兄の子(済南王)を殺害した。その後、高演は狩で落馬したのがもとで死亡するが、見舞いに来たロウ太后が済南王の所在を三度聞くが答えない。覚ったロウ太后は私の言いつけを守らないのでは死ぬのも当然と言って立ち去った。
高演は死を前にして、弟の湛を呼んで帝位を継ぐように伝え、その代わり自分の子供(百年、6才)は前例に習わず、殺さないで安楽に過ごさせるように頼む。しかし、高湛は前例どおり兄の子を殺してしまう。 以上は、資治通鑑にあるので確かな史実でしょう。

蘭陵王の方も、彼が雪舞と共に北周に行ったというのはフィクションに決まっているが、邙山で500騎を率いて北周と戦ったのは史実である。そして城壁下に達したが、城の将兵は高長恭であることが分からずに攻めようとしたので兜を脱いで顔を見せて、やっと城中に迎えられた。その時に蘭陵王入陣楽が作られた。この歌曲は唐朝で散楽(日本の雅楽の源)に取り入れられた。幾多の戦功で彼の名声が高まり、後主に疑われて毒薬を賜り亡くなった。

どちらも、同じ時代の実在人物の名前を使っているだげで、内容は大半が創作だ。両方に高湛が出てくるが、陸貞は 蘭陵王にも出てくるのだろうか。
ロウ太后は「王宮の涙」では極悪人だが、「蘭陵王」の愛嬌あるおばあさんの皇太后ってロウ太后ではないのか?

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by show_isa | 2014-03-05 19:48 | culture | Comments(0)
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