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二人の王女(太平公主秘史)の最終回

二人の王女の最終回について。
主人公の太平公主(本当は安公主だが、太平公主と記す)は控えめで良識ある女性と描かれていたので、李隆基(玄宗皇帝)の邪魔をしないよう、ひっそりと姿を消して尼となり寺院で静に過ごした設定になっていた。もともとフィクションだが、特に最後の2回は史実を無視したストーリになっている。それは別にして面白いドラマだった。


則天武后は67才で即位し82才で死去したのに、ドラマではどう見ても若すぎてリアリティがない。実質的に40年も実権を握って国は傾かなかったのだから有能だったのだろう。男の皇帝で残忍暴虐なのは大勢いたのに、彼女だけ悪し様に言われるのは女だったからだろう。唐の王朝は道教を尊んでいたが、則天武后は仏教を重んじた。日本の光明皇后はこの影響を受けたとも言われ。太平公主が道士ではなく仏門に入ったとしたのもその縁か。また、太平公主は儒者を優遇したので学者文人が集まり、宰相は邸に政治の相談に行ったそうだ。太平など公主の邸宅に皇帝が行幸して宴を開き、官僚や文人が詩を作り、また文臣の間で詩の贈答が盛んだった。


上官婉児は行幸の際に詩を詠み、群臣の詩の優劣を定め、皇帝、后や公主の代作をし、さらには上官婉児の別院にて宴することもあった。この時代の詩は彼女が仕切っており、その性格上、真情を述べるよりも儀礼と典雅さを求めたものであった。ドラマにある様に則天武后、中宗の代わりに上奏を決裁した。政治と文化の両方を仕切っていたといえる。相王との愛はドラマのフィクションだろう。なにしろ、彼女は武三思とも通じていたそうで、武三思は韋皇后とも上官とも通じていたのだが。
しかし、この時代の詩は、玄宗が太平公主を死なせ、彼女の取り巻きの詩人達は皇帝に殺されたり、流刑になったりして、凋落していき終焉した。


さて、則天武后に関係した中国の小説というと、「平妖伝」がある。これは宋で実際にあった反乱を下敷きにして、反乱の首謀者・王則は則天武后が男に生まれ変わり。則天武后の愛人・張六郎は娘に生まれ変わって王則の妃になったという設定になっている。反乱軍は道教の妖術を使って戦うが、最後は唐の官軍に敗れるというストーリーである。それなりに人気のある小説で滝沢馬琴も賞賛しているそうだ。しかし、反乱を起こすまでは面白いが、反乱を起こしてからのストーリーはいまいちのような気がする。王則は首謀者といっても祭り上げられてリーダーにされたもので、頼りない感じだで則天武后の生まれ変わりには相応しくない。水滸伝と西遊記を兼ねた面白みがあるとも言われるが、水滸伝にはとても及ばないと思う。


BSフジ 平日午後5時からの『宮廷の諍い女』(きゅうていのいさかいめ)(原題は後宮甄嬛傳)を見始めたが、まだ面白いのかまだ良く分からない。どうも清朝のイメージは良くなく、この雍正帝も冷酷で、秘密警察を使った独裁者のイメージ。即位したのが45才だから、全国から妃選びで15、16才の女性を側室にしたというのも、現代だったら、嫌らしい中年のオヤジと言われるところだ。


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by show_isa | 2013-06-23 01:32 | culture | Trackback | Comments(0)
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